人の噂も七十五日、とは言うけれど。    




第六話




恐れていたことが起きてしまった。
朝、あまり仲良くないクラスメイトたちに質問攻めにされ、は頭を抱えたくなった。 気を付けていたつもりだったんだけどなぁ。 鳥の鳴くような甲高い声の渦の中で、ぼんやりそう思う。



「だから、付き合ってないってば」


「やっぱり付き合ってるの?」という好奇心満々の質問に、横に首を振って答える。 唯一の救いは、忍足も噂を逐一否定しているらしいということ。 だが、岳人の幼馴染みであることが災いし、なかなか皆それを受け入れたがらない。


「本当は付き合ってるんでしょ?」

「否、だから違うって・・・」


妙な方程式が出来上がってるようで、は泣きたくなる。 「= 向日岳人の幼馴染み= だから忍足侑士と付き合いだしてもなんら不思議ではない」という方程式だ。
馬鹿馬鹿しいとしか思えない単純な理屈によるそれには、何故か説得力があるらしい。 ついでに言うと、男子硬式テニス部レギュラーのゴシップが、皆好きっていうのもあるんだろう。


硬式テニス部ファンから呼び出し食らうのも時間の問題だな・・・・・。 小さく溜め息を吐く。

彼女たちにはいい印象がない。 岳人の幼馴染みである自分が嫉妬の対象とされるのにも、少し納得がいかない。 気持ちは解らないでもないけど、だったらもっと岳ちゃんと仲良くなれるように努力すればいいだけの話 だもんね、と は思う。
だって、ただ 「幼馴染みだから」というだけで、岳人と仲が良いわけでは決してない。 は、岳人が好きだから、テニスのルールも格闘ゲームのやり方も覚えた。 岳人がそれらが好きだから、というそれだけの理由で。 岳人が自分と居て楽しいと感じて貰うための努力は惜しんでいないつもりだ。


岳ちゃんは残酷だから、つまらない人間とは一緒にいない。
自分に素直なのは、岳人の良い所だ。 それは重々承知しているが、常々はそれに怯えている。 いつ、自分と一緒にいてもつまらないと思われて、岳人が離れて行ってしまうとも限らないのだ。

私はまだ、岳ちゃんの傍に居たい。
は強迫観念のようにそう思い続けている。 所詮、だってテニス部ファンの女の子たちと立場はなんら変わりないのだ。 幼馴染みなんて言っても、所詮はただの友達だ。 だからこそ、彼女たちが自分に嫉妬するのは畑違いだと、は思う。

言い方がおかしいが、岳人の彼女だけに嫉妬するべきだ、と。
恋愛感情が、その中の嫉妬という感情が如何に複雑かを、は未だ知らないが故に、そう思う。




「えー、ねぇ、いい加減ホントのこと言いなよぉ」


舌っ足らずな猫なで声が鼻に付く。
ホントのこともなにも真実だっつーの! イライラが益々大きくなる。
の苛立ちが最高潮に達しようとした、その時。




「付き合ってないと思うよ」


可愛らしい中に、凛とした響きを持つ声が静かに言った。


「あなた・・・」


そんな言葉が口から出たのは、が彼女の名前を失念したからだ。 ちゃん、と仲が良い子たちに呼ばれている子。 咄嗟に、それしか思い出せなかった。 いつの間に近づいたのか、ちゃんは人集りの出来ているの傍に微笑みながら立っていた。


噂のソースの張本人。
少し頭に余裕が出来て、は苦々しく眉間に皺を寄せた。


ちゃんは、この迷惑極まりない状況の起因を作り出してくれやがった子たちの1人だった。
・・・・いや、起因は忍足侑士か。 軽く頭を振る。 思考回路がおかしな事になっているようだ。
不機嫌そうなに対し、にこやかな笑みを浮かべながら、ちゃんが続きを話し出した。


「恋人同士、っていうより好事家同士の集い、って感じだったから」

「・・・・何それ?」


忍足侑士と付き合ってるのか?と詰め寄ってきたクラスメイトが怪訝そうな声を出す。 も同感だった。


「カップルみたいな甘い雰囲気じゃなかったってことだよ」


ちゃんは笑みを崩さず言う。


「それより、男子硬式テニス部にマネージャーが入ったんだって。知ってる?」


さらりと言った、唐突とも言えるちゃんの言葉に、一気に周りがざわめく。


「えぇっ!?」

「男テニって、マネージャー雇わないことで有名だったのに?」

「誰だれ、誰がなったの?女!?」

「女の子だって。二年生。なんでも、跡部様直々にオファーに行ったんだとか何とか・・・・」

「ええぇっ!それ、本当!?」

「羨ましい~」


ざわめき始めた女の子たちをさらに煽るように、ちゃんは続ける。


「しかも、指名は榊先生だって。鳳くんと同じクラスの子らしいよ」


うわぁ、と嘆声があがる中、はそおっと席を立ち、人集りを抜けた。 もう誰も、になど注目していないようだった。 代わりのように、人集りの中にはちゃんがいる。
失恋に効くのが新しい恋であるように、ゴシップに効くのも新しいゴシップであるらしい。

ちゃんは助け船を出してくれたらしいなぁとぼんやり思いながら、跡部様の噂に感謝する。
でも、新しい噂の渦中の子にはちょっと申し訳ないかも。 レギュラー部員の幼馴染み、ってだけでこの敵の多さなのに、硬式テニス部のマネージャーなんて、 どれだけ敵が多いことか。
・・・・・考えるだけで寒気がする。 その想像にぶるりと体を震わせると、は屋上に向かった。



今日も、1限は苦手な英語だし。 何か疲れちゃったし。


そんなことを言い訳にしながら、授業開始のチャイムをやり過ごす。 よもや自分が屋上で授業をサボリながら空を見上げる日がくるとは思わなんだ。 朝から色々なことがありすぎたせいか、独り言が盛大に口から漏れた。


「疲れた――・・・っていうか今日晴れでよかったぁ」


制服が汚れることなんて気にしないで、ゴロリと地面に仰向けで寝そべる。 空が青いなぁ、なんて当たり前の感想が頭に浮かび、は苦笑した。


「・・・・その声、なんやさんか?」


低いテノールが空気を震わせる。 声の主は確認するまでもなく解ったが、それでもは声のした方を見ずにはいられなかった。 給水塔の上で、ムクリと起きあがるような動きで影が揺れる。


「そっちもサボリですか?―――忍足くん」


苦笑気味にそう言ってやると、忍足はうっすらと、唇に共犯者の笑みを浮かべた。






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