堂々としていればいい。
別に、やましいことなどないのだから。



第五話



中学生である自分には少し背伸びしすぎのような気がする喫茶店が、妙にくすぐったい。 そう思い、はアイス・ショコラを音をたてずに啜りながら、目の前のよく喋る男を上目遣いに見た。


「やっぱりええなぁ、あの監督は。ハズレがないわ」

「そうだね。前の、護衛艦のも良かったし」

「イージスやろ?せやなぁ、あれも良かったわ。微妙にラブロマンスも絡むし」

「先週の金曜日に放送してたTV版では、変なとこ端折られててイマイチだったけどね」

「あ、それ俺も思ったわ。いっちゃん大事なラブロマンスんとこも端折ってあんねんで!?信じられへんわ」

「忍足くんて、ラブロマンスが好きなんだね・・・・」

「好きやで。女の子も好きなはずやけどな、基本的には」

「そりゃ悪ぅござんしたね」

「いやいやいや!悪くはないで。多分な」


忍足はケラケラと快活に笑い、アイスコーヒーを口に含んだ。 ポーションミルクをひとつだけしか入れていないそれは、自分にはとても飲めないだろう とは思う。 外見通りというか、連れて来られた喫茶店にしろ、忍足は大人びている。


良く晴れた日曜日。
は、忍足と共に約束通り、映画を観た。 忍足の持っていたタダ券を使用可能な映画館が氷帝学園の最寄り駅にしかなかったもので、 は硬式テニス部ファンの女生徒に見つからないことを切に願っていた。 幸い、映画館ではテニス部ファンだけでなく、氷帝学園の生徒すらいないようだった。


映画を観たら、とっとと帰ろう。 映画を観ながらはそう思っていた。 だが、上映後、前評判以上に良かった映画の感想を言い合ううちに、いつの間にか忍足に会話の主導権を 握られており、あれよあれよと言う間に気付けば喫茶店に入っていたのだった。
それでも、はさっさとお茶を飲み下して帰るつもりだった――が。

まずい。 忍足くんの話、面白い・・・。

忍足の話は、はっきり言ってマニアックだった。 映画――それもラブロマンス――について、さっきからベラベラと喋っている。 好事家としか言いようがない程、コアな話をずっとしているのだ。 それこそ、普通の女の子だったら、軽く引くぐらいに。

ところが、そこに居合わせたのは、同じく好事家のだった。 好事家にはたまらない話を、忍足は湯水のごとく話し、もまた、絶妙な相槌を返す。 二人にとって、心地良い時間が流れる。
いつの間にか、お互いのグラスには氷しか残っていなかった。

Sサイズじゃなくて、Lサイズにすればよかった。 氷をガリガリ噛み砕いて咀嚼しながら、は思う。今からもう一度飲み物を買うのは、何だか癪で嫌だった。



「なぁ、さん」

「なに?」

「俺、『 ロング・ライ 』 の豪華版DVD持っとるで」

「・・・・・・!?」

「お、ええ反応やな。やっぱ知っとったか」

「え、忍足く・・・・本当に!?」

「嘘吐いてどないせぇっちゅうんや」

「だって・・・・。アレ、3万近くしたでしょ?」

「愛があればそっくらい軽いわ」

「3万って、私のお小遣い半年分だよ・・・・」

「うっわ、具体的すぎる数字やなぁ・・・・。まあ、それはえぇとして」


物を両手で左から右へと動かすような仕草をし、


さん、豪華版限定特典ディスク観とぉない?」


口角を厭らしく上げながら言う。


「・・・え!?いいの?」

「よくなかったら言わんよ。貸したるわ」

「やったぁ!ありがとう忍足くん・・・!」


は興奮しながら忍足にお礼を言った。 興奮により、頭の端で常に気を付けていた外部の人間―――要は氷帝の生徒な訳だが―― への警戒が疎かになる。
だから、気付かなかった。 自分たちに向けられている視線があることに。












「ねぇ、あれさぁ・・・・」

「あっ!テニス部の忍足と・・・・誰だっけ、あの子」

「あー、なんて名前だったけ?向日の幼馴染みの子だよねぇ」

さんでしょー」

「あっ、そうそう!だ!!」

「デートかな?羨ましい・・・・」

「そぉかな?そんな雰囲気には見えないけどねぇ・・・・」


3人の女の子が、ペチャクチャと話に花を咲かせる。 他人の色恋沙汰が恰好の話題になる、そんな女の子たちだ。
そして、得てしてそういう女の子たちは、噂話が大好きなのだ。






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