知らない間に、変わっていく。
少しずつ、でも、確実に。 じわり、じわり、と。
第四話
青天の霹靂、っつーのはこういうことか。
向日岳人は自分にこういう思考は似合わないと思いつつも、そう考えた。 単純な話である。「青天の霹靂」という表現を、最近、授業中に国語の教科書で読んだのだ。
「おい、岳人。聞いとんのか?」
軽く眉根を寄せながら、忍足が岳人の顔を覗き込んでくる。 ハッとした岳人は頷いてみせ、先程の忍足の言葉を復唱してみせた。
「聞いてたって。のメールアドレスだろ?」
言いながら、首を傾げる。 なんで、と侑士が?二人の接点が思いつかない。 接点があるとすれば、それは自分だ。 だが、岳人に二人をそこまで親しくさせた記憶はない。 紹介はしたが、は岳人が忍足の話をすると、虫の居所が悪い時など、あからさまに白けた顔で 「忍足くんに興味はない」 と言ったりしたし、忍足にしたって別段、に関心を示したことなどなかった。 というより、自分が二人に対して、には忍足の、忍足にはの話を聞かせていたような気がする。
いつだったか、忍足が苦笑しながら、「岳人のお陰でろくすっぽ話したこともないのに、さんのこと知ってる気がするわ」 と言っていた程だ。
そうだ、二人が話す機会なんてあるはずがない。 クラスだって、住んでいる地域だって違う。 は部活も委員会もしていない。 ・・・・じゃあ、一体どこで?忍足に聞けば、すぐにその答えは解る。 それが解っていながら、何故か訊くことができない。
落ち着かず、せわしなく携帯電話横のボタンを何度も押し、 マナーモードの設定をしたり解除をしたりを繰り返す。 ふと、画面に目をやると、着信を知らせる通知が浮き出ていた。 マナーモードを設定したり解除したりする動作を止める。
新着メール1件。表示に従って、メールチェックをする。からだった。
『岳ちゃん、ごめんね。約束していた蜂蜜レモン水の差し入れは、明日にさせて下さい』
相変わらず、は律儀だな、と。痺れた頭で、そう思った。
「ほい、送るぜ」
「ん、頼むわ」
ワイヤレスデータ通信でのデータを忍足の携帯に送りながら、胸をざわつかせる。――嫌、だ。 のメールアドレスを、侑士に送るのが。
理由は解らない。でも、どうしようもなく、不快だった。
何でだ? 侑士と、が仲良くなるのは、良いことじゃないか。
二人共、岳人にとって、かけがえのない人達である。 その二人が親しいのは、岳人にとって、嬉しいことのはずだ。
「お、来たわ。おおきに」
忍足が、携帯電話にのデータを登録する。 その、画面をタップするトントンという乾いた操作音が、やけに耳障りだった。
自分の携帯電話を握りしめる。 妙な、小さく微かな喪失感があった。 針で軽く皮膚を刺したような、痛みとしては大したことのない感覚のような。
「さんて、岳人が言うてた通り、面倒見がええ人やなぁ」
「・・・・え?」
顔を上げると、忍足のきょとんとした表情が見えた。
「・・・・何や、宇宙人でも見たような面しおって」
「侑士、に面倒見てもらったのか?」
「ああ。今朝、ちょっとな」
「今朝?」
「俺が路肩で軽い貧血起こしたんを、さんが介抱してくれてん」
「ああ、そういやぁ貧血起こしたって言ってたな・・・・。でも、に助けてもらったってのは初耳だぜ」
「恰好悪いから言わんかってん」
けらけら笑いながら言う。それから、せや、と呟き、
「岳人が言うてた蜂蜜レモン水のご相伴にあずかったで」
「・・・・え」
「ほんまに美味いなぁ、アレ。スッキリして、仄かに甘いんが最高や」
「今朝、飲んだのか?」
「ああ。お陰で貧血の治りが早くなった気がするわ」
先刻のメールが、頭の中を過ぎる。 ――ああ、そうか。侑士にあげたから、俺の分がなくなったのか。 ・・・・・本当は、俺の分だった蜂蜜レモン水が。
クラリ、と。体は揺れていないのに、軽い眩暈を憶えた。 胸のざわつきが大きくなる。 強迫観念が頭の中でしきりに警鐘を鳴らす。 危険だと、そう言っている。――でも、何が?
岳人は、困惑しながら忍足を見詰めることしかできない。忍足は、未だに携帯を弄っている。 データ登録にしては長すぎるから、にメールを送っているのだろう。 不快感がぶり返す。でも、何故不快なのか、自分でもサッパリ解らない。 初めてだ。自分のことがここまで解らないなんて。
無意識のうちに、右手が左胸を押さえている。 まるで、その早鐘を鎮めようとしているかのようだった。
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