タダより安いものはない、ってね。
第三話
「・・・・それって、デートってこと?」
映画に行かないか、という忍足の提案に対し、は訝しげに言葉を紡いだ。
「ん?嫌やったら券だけあげるで?」
「否、別にそういう訳じゃ・・・・・」
「ほな、決まりな。さん、なに観たいん?」
歯切れの悪いとは対照的に、 小気味良い関西弁でテンポ良く喋る忍足を見詰めながら、 は忍足と一緒に映画なんて行ったら硬式テニス部ファンが恐ろしいことになるだろうなぁと 思った。
だが、タダより安い物はない。は気になっていた映画のタイトルを口にした。
「 『神風と共に』、かな 」
「・・・・戦争映画やん」
「いけない?」
「いけないなんてことあらへんけど・・・・。女の子やったら 『純粋恋歌』 観たい言うんやないかと思とっ たから意外で・・・・」
『純粋恋歌』 は漫画が原作のロマンス映画だ。 原作はいわゆる少女漫画で、恋愛がメインに描かれている。 お洒落な絵柄や深みのあるストーリーが受け、女性だけでなく男性からも絶大な支持を得ている人気作。
もちろん、も好きな作品である。
「観たいとは思うけど、せっかく映画館で観るんだから戦争映画の方がいいでしょ?」
「・・・・なんで?」
「ロマンス映画は大画面で観たってテレビで観たって大差ないじゃない。大画面で観るからには、 やっぱりアクション物か、戦争映画じゃないと!あと、もしくは特撮系ね」
キッパリと言うに、忍足は苦笑を漏らした。
「解った。ほな、『神風と共に』 にしよか。で、いつにする?」
「忍足くんに合わせるよ。私、部活ないし」
「さよけ。せやったらさん、メアド訊いてもええ?連絡取れんと不便やからな」
「いいよ・・・・あ、でも今日携帯持って来てないから、向日くんにでも訊いて教えてもらってくれる?」
「ほな、そうするわ」
は色味が戻りつつある忍足の顔を横目で眺めながら、岳人が忍足のことが好きな理由がなんとな く理解できてきている自分に気付いた。―――好きじゃないと思ってたけど、ただの偏見だったな。
「忍足くん、すいませんでした」
突然、深々と頭を下げる。
「・・・・え?なんで謝るん?」
きょとん、とする忍足に、面を上げたは軽く手を振りながら説明した。
「言いたかっただけなの。ごめん、とりあえず軽く流しといて」
の言葉足らずな説明に、忍足はしばらく訝しげにしていたが、やがて納得したのか軽く頷いた。
「さんとマンツーマンで話すんは初めてやなぁ」
「あはは、そうだね」
私は忍足くんを嫌って極力避けてたからね。・・・とは言えず、は肩を竦めて小さく笑う。
「確かに、タイマンで話すのは初めてだねぇ」
クスクス笑いながら、爪先でコンクリートをえぐるように蹴る。
「タイマンて・・・・。さんて大人しい子やと思っとったのに、とんだ勘違いやったわ」
あっけらかんと言う忍足に、は少しは歯に衣着せなさいよ、とツッコんだ。
「ええやん。大人しい子より毒舌でもオモロイ子の方が好きやで?俺は」
「・・・・でもきっと世間一般では大人しい子の方がウケがいいよねぇ」
「まぁ、せやろな。大和撫子言うくらいやし」
「忍足くんに好かれても、ねぇ・・・?」
肩を竦めて口角を上げ、ニヒルな笑みを浮かべてみせる。
「ご不満ですか?お嬢さん」
「それはもう」
「酷いなぁ・・・・」
顔を見合わせて、クスクス笑い合う。
「忍足くんて、一人暮らしなんだよね」
「せや。岳人に聞いたん?」
「うん。向日くん、忍足くんの話ばっかりするから」
「何やキショイわ、その言い方」
「事実なんだから別に良いでしょ。妬けちゃうくらい忍足くんの話ばっかりするよ。向日くんの口から侑士って単語が出ない日はないくらいなんだから」
「ますます気色悪いわ・・・・」
げんなりする忍足に笑いながら、が質問を重ねる。
「自炊してるの?」
「一応な。結構レパートリーあんねんで」
「タコ焼きとか?」
「まぁ、タコ焼きも作るけどな・・・・アレは自炊料理ちゃうやろ」
「確かに。お弁当は作る人?」
「いや?作らんでも毎日2、3人は弁当くれる子がおるから」
「うわ、ヤらしい!向日くんは断るって言ってたよ。実際どうかは知らないけど」
「岳人が断りよるんは弁当箱洗って返すん面倒やからや。俺はそんなことないからな」
ちゃんと洗って返すで、と自信満々に言う。
「・・・・それもなんか違う気がするけど」
「まぁな」
「あ。そう言えば忍足くんって、今彼女いないの?」
「なんやさん、岳人やなくて俺が好きやったん?」
「寝言は寝て言え!」
「酷いなぁ・・・・。解ってるって、彼女がおるのに他の女の子デートに誘ったりせぇへんよ」
「そう・・・・。よかった」
俯いて、小さく息を吐く。 面倒なことになりそうな芽は摘んでおく ―――・・・もとい、チェックしておくに限る。 ふと視線を感じ、顔を上げると、忍足がの足下をジロジロと凝視していた。
「・・・・どうしたの?」
「さん、脚キレイやなぁと思うて」
「は?」
「俺、脚キレイな子好きやねん」
「・・・・・」
忍足の発言を、が頭の中で吟味し、咀嚼する―――つまり、理解するのにたっぷり5秒かかった。
「・・・・・それって、いわゆるフェチズムってやつ?」
「んー、俺的には違うんやけど。まぁ、一般的に言えばそういうこっちゃなぁ」
「脚、ねぇ・・・・」
呆れ気味に忍足を見つめると、は小さく肩を竦めた。
「何て言うか、個人の自由なんだし別にいいんだけど―――忍足くんだと変態くさいね」
「なっ!?」
「言い方がやらしいんだよ、たぶん・・・・」
「なんや酷いこと言われてる気がするんやけど」
「いいじゃん。男は皆スケベだって言うし」
「ちゃうやろ。スケベと変態の差は大きいで!」
「そんな怖い顔で力説しなくても・・・・」
「阿呆。当たり前やろ?これは俺の名誉に関わる問題やで!」
「いや、そんな大げさな・・・」
「いーやっ!大げさやない」
し、しつこい・・・・!忍足の妙な白熱の仕方に、が打開策を見出せずに困り始めた、その時。―――キーンコーンカーンコーン。
1限の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。 天の助け、もといチャンスと思ったは、すくっと立ち上がり、
「2限、私、移動だから早く行かないと!忍足くんも、顔色良くなったしそれだけ元気ならもう大丈夫でしょ?じゃあ、また!」
早口に一息でまくしたてると、忍足の返事を待たずに猛ダッシュで学校に向かって走り出す。
「コラ、!話は未だ終わってないねんで!!」
背中に忍足の声を受けながら、はさらに加速した。
―――かくして、と忍足侑士の友人関係は始まったのだった。それを、二人の架け橋である少年は、未だ知らない。
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