錯覚していた。まるで、毎日会っているかのように。
   



第八話





「・・・・・で、跡部の雷くらったっちゅー訳や」


苦笑しつつ説明を終えた忍足に対し、は両手で額を覆った。


「あっちゃー・・・・・・」


低く呟いたに苦笑しながら、忍足が続ける。


「そんな訳でガックンは、部活に精を出さねばならないのでございます」


妙に語尾の上がった標準語に思わず吹き出す。
さながら某国営テレビ局の朝の連続テレビドラマのナレーションのようだ。



「忍足くんは付き合わなくていいの?パートナーでしょ、一応」

「一応は余計や。立派なパートナーやっちゅーに・・・・それはさておきさん」

「はい?」


コホン、と咳払いをし、真面目な顔になった忍足に、キョトンとして返事を返す。そんなに苦々しげな視線を送り、一息吐くと、忍足は低い声で切り出した。



「メール返してくれへんのはちょいと冷たいんとちゃいますかね?」

「あー・・・・・」

「俺が昨日送ったメール読んでくれたん?」

「読んだよ。・・・・返事返してないだけで」


気まずそうにが言うと、忍足はジッと黙り込む。








「―――忍足くん?」


どうかしたの、というニュアンスを込めて呼ぶと、忍足はをチラリと見やり、数秒躊躇した後、


「・・・・なぁ」

「うん?」

「俺とメールするの嫌なん?」

「・・・・・・・・は?」


いきなり何を言い出すのだ、この男は。が呆然としていると、忍足はムッとしたように言葉を重ねた。



「普通は、な?普通は、やで?普通は俺にメールもろた女の子は、光速で返事返してくるもんやねんで!?」

「そ、そんなに「普通」を強調しなくたっていいじゃない!」


それじゃあ私が普通じゃないみたいじゃないの・・・・・と続けると、


「普通やないやろ、自分」


女の癖にラブロマンスに興味示さんし、と言い返す。とんでもない偏見だ。




「なっ・・・・・!お、忍足くんこそ、頭おかしいんじゃないの!?」

「どこがやねん!!!」

「その、女の子が皆、自分に好意を持ってると思ってる所が!」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。









「な、何?」

低い声で名前、それも普段「さん」付けしてるはずの忍足が呼び捨てで呼ぶものだから、ビクビクと、怒られるのかとは身構える。



「すまん」


ポリポリと頭を掻きながら、バツの悪そうな顔をする。


「へ・・・・・?」

「嫌やなぁ、ホンマ。その通りやな、人間誰しも好き嫌いっちゅーモンはあるわな。・・・・まぁ、俺のメールに速攻で返信返してこない女なんて姉貴とさんくらいなモンやけど」

「忍足くん、何だかんだ言って返事返してないこと根に持ってるでしょ?っていうか、お姉さんいるんだね・・・・」


さぞかし美人な人なのだろう。忍足くんの顔を見ていれば大体の想像がつくというものだ。



「戸籍上ではな」

「え」





戸籍上では?
不穏な物言いに、心拍数が上がる。

まさか、お姉さん亡くなってる、とか?
失言をしてしまったのかと軽く慌てる。しかし、



「アレは姉と言うより、猛獣や」


続けてアッサリと軽口を叩いたので、ズルリと脱力してしまう。









さんは、兄貴がおるんやったな?」

「うん」


その通りなので肯定したが、直ぐに奇妙だと気付く。首を傾げつつ、はその疑問を口にした。



「あれ?どうして忍足くん、お兄ちゃんのこと知ってるの?」


兄の話をしたことはないはずだけれども。の質問に忍足はあぁ、と低く呟いた。


「岳人に聞いたんや。よぉ話ン中出て来んねん、兄。何や今、サークルのヨットの大会ン為に、大学に泊り込んでるんやって?」

「・・・・それで」



ああ、それは納得。は思う。あの二人は仲良しだ。否、二人ではなく三人か。向日兄弟と、兄と。家と向日家の子どもたちは、兄弟のように育っているから、兄弟そのものだ。にしろ、岳人の姉を実の姉のように慕っている。



兄、なかなかオモロイ人みたいやな」

「そう言われても私にとっては実兄だから何とも言い難い、かな・・・・・」


忍足の言葉に苦笑するしかないに微笑みながら、


「せやな。俺もよく姉貴のこと綺麗やなぁとか別嬪さんや言われるけど、素直にそうは思えんわ」

「あ、やっぱりお姉さん綺麗なんだ?」

「やっぱりって何や?」


怪訝そうな忍足に、今度はが微笑んでみせる。


「忍足くん、綺麗な顔してるもん。そりゃ、お姉さんも綺麗な顔立ちなんだろうなぁって想像がつくってものですよ」

「――そりゃ、おおきに」



個人的には綺麗っちゅーよりカッコイイ言われる方が嬉しいんやけどなぁと頬を掻きながらボソボソ呟く。それに対し、カッコイイのも事実だと思ったものの、言われ慣れているだろうから言わなくて良いだろうという結論に至り、は口を噤んだ。




「せや、最近岳人がハマっとる飲みモンあるやん?」

「え?」

「ホラ、あの気色悪いお茶・・・・・。なんやったけ」

「向日くんがハマっている、お茶?」



お茶に、岳ちゃんがハマっている?
ヒュッと、息を呑んだ。戸惑いに、微かに肩が震える。―――そんなことは、知らない。







「あ、ピーチ烏龍や!」


スッキリした、と言わんばかりに快活に言う忍足の声を聞きながら、は動揺していた。


最後に岳ちゃんにあったの、いつだっけ?
直ぐに思い出せない自分に愕然とする。それは直ぐに思い出せない程会っていないということだ。やがて、最後に会ったのは先々週、差し入れをした時だと気付いた。


・・・・・岳ちゃんと、疎遠になっている?
脳裏に浮かび上がった言葉に胸が軋んだ。どうして気付かなかったのか。何よりもが恐れているはずのことだというのに。岳人から離れる、なんて。あんなに傍に居たいと懇願していたではないか。




「女の子は好きかもしれへんけど、ピーチ烏龍、どうも俺は好かんねん。気色悪、思うだけや。何で岳人はあんなんにハマるんやろな」


サッパリ解らへんわーと腕組みしながら呟く忍足の言葉に、我に返る。そして、目の前の眼鏡の男をマジマジと見詰めた。



「・・・・何や。急に人の顔ジィっと見て。あ!何、もしかしてさんもピーチ烏龍好きなん!?」


おどけてみせる忍足に、何かリアクションを返さねばと、未だ冷静でいる頭の一部で思った。けれど、実行に移すことが出来ないのは、気付いてしまったからだ。


何故岳人と一週間以上会っていないことに気付かなかったか。それは、忍足の話の中に必ず岳人が出てくるからだ。
岳人とは会っていなかったが、忍足とはDVDやら本やらの貸し借りで頻繁に会っていた。その度に割と長い時間世間話をしていたのだが、大半は岳人の話題だった。

そんな理由で。なんて情けない。そして、同時に嫌でも解ったことがある。



最近岳人が家にご飯を食べに来ないのは、兄がいないからだろう。それに――岳人が「に」会いに来ようとは別段思わないのだろう。


だから、岳ちゃんと一週間以上会っていないんだ。
解ってしまった事実がどうしょうもなく痛かった。泣き叫びたい衝動に駆られながらも、忍足の相手をしないと、とほんの少しの冷静なの残滓が言う。











「―――好んで、飲もうとは思わないかな。ピーチ烏龍」








唇を三日月形に形取り、微笑んでいるように見せようとする自分に、僅かに嫌悪を感じた。



next soon... / back