中学に上がってから出会った、真田弦一郎。

その後にちょこん、と金魚の糞よろしくくっついていた小さな少女。

自分とひとつしか違わないその少女――――真田は、酷く幼く見えた。










自覚










「見て見て、精ちゃん。綺麗でしょ?」


にっこり微笑みながら、が抱えている花束を精市に見せる。

淡い桃色の薔薇の花束に隠れ、の顔は見えない。

その為、が花束を抱える様はまるで花束に胴体が生えているかのような風体であり、珍妙であった。



しかし、当然ながら本人はそんなことには気付かない。

相手をしている精市も、別段気にする様子もない。


―――――――
まぁ、恐らく内心微笑ましいくらいは思っているのだろうが。





「伯母ちゃんが丹念にお世話していた薔薇なの」



が言う所の「伯母」とは、弦一郎の母親である。

真田に真田弦一郎。

同じ名字から推察できるであろうが、この二人は従兄弟である。

は弦一郎を「お兄ちゃん」と呼ぶ。故に、出会った当初は実の兄妹かと思ったものだ。






「本当だ。綺麗だね」


穏やかな笑みを浮かべ、精市が答える。

その答えに対し、は嬉しそうに捲し立てた。



「でしょでしょ!?手折るのためらっちゃうくらいだったんだけど、伯母ちゃんが精ちゃんに是非、って!」

「ふふ。嬉しいな。――――、真田のお母さんに、ありがとうって伝えてくれるかい?」

「うんっ!」


精市が弦一郎に頼まないのは、彼がこの場にいないからだ。





「ところで―――――――――珍しいね、真田がいないのは」


どうかしたの?と問う精市の顔には、人の悪い笑みが張り付いている。

予想がついているのだろう。


それに気付かない赤也が、


「真田副部長は部長会議ッス!部長によろしく言ってましたよ」


ヘラヘラとした調子で答える。





―――――――――そうか。悪いことをしたな。・・・・ねぇ、?」


ようやく精市の意図することに気付いたの顔がパア、と明るくなる。


「うんっ!」


頷くやいなや、ベッドにダイブするように精市に抱きつく。


「ふふ・・・・」



精市は横たわったままそれを受け止め、愛おしそうにの髪を梳いた。

ここに弦一郎が居れば、精市の身体に障るとを一喝しているだろう。

しかし、この場に弦一郎はいない。これ幸いとばかりに、二人はじゃれ合う。









――――――――――
は、精市が好きで好きで仕方ないらしい。

それも、LIKEではなくLOVEの意味で。


それで弦一郎に頼み込んでマネージャーになったというのだから、恋する乙女のパワーとやらには驚かされる。







赤也が若い女性英語教師の授業が解り難いと精市に愚痴を言い、がそんなことない、と口を挟む。


丸井は「これ食ってもいいか?」と問い、了承を得ては片っ端から食べている。





・・・・・・・・そろそろ世間話ばかりでなく、部活についての話をしなければ。

そう思ったのは俺だけではなかったらしい。





――――――――去年のシード校の氷帝が負けたらしいですよ」




眼鏡を押さえ、柳生が静かに切り出した。

その横で薄笑いを浮かべた仁王が、



「力を抑える方法を間違えるからじゃけぇ、阿呆じゃ」


辛辣な評を与える。




「なぁに、それ?」


精市から体を離し、顔を上げたが仁王に向かって首を傾げる。




「何がじゃ、お姫さん」


仁王はのことを何故か「お姫さん」と呼ぶ。

初めの頃は「恥ずかしいから止めて」と言っていただが、今ではすっかり慣れてしまったらしく、何も言わない。

その代わりに、


「今、まーちゃん変なこといったじゃない」


・・・・・・という具合に、は仁王のことを「まーちゃん」と呼ぶ。

仁王は別段、その不似合いな愛称に対し、何も言わない。






「変なことじゃと?・・・・・・はて。何か妙なことを言ったかのぅ」


柳生にそう問う仁王に対し、問われた柳生は、



「悪趣味ですよ、仁王くん」


と、暗に「解っているのでしょう、君は」という意味を含んだ答えを返した。



「さっき、まーちゃん柳生先輩が氷帝が負けたって話をされたら、「力を抑える方法を間違えるからだ」って言ってたじゃない。どういう意味なの、それ?」


じれったそうにが言う。

仁王はその様子を目を細めて見詰めながら、お姫さんは可愛いのぅと呟き、



「あぁ・・・・・。俺たちは、格下の―――――――――言い方が悪いが、まぁ仕方ないじゃろ。つまりは全力で戦う必要がないと判断した相手じゃな」



格下という言葉に眉を顰めたに言い訳をした。

肩を竦めて続ける。




――――――そういう相手には、パワーバンドをつけたままで試合するじゃろ、立海は」

「・・・・・・全力で相手しないのって、失礼だと思う」


精ちゃんもそう思うでしょ?と同意を求めるを、精市は笑顔ではぐらかした。



「まぁまぁ、お姫さん。――――――それで、続きじゃが」


珍しいことに、仁王が助け舟を出した。

人が困ってる顔を見るのが楽しい性質かと思っていたが、違うらしい。読めない男だ。




「氷帝は、格下――――じゃからそげぇ顔しなくてよか――――とにかく格下の相手には、レギュラーでなくて準レギュラーに試合をさせるんじゃ」

「それが今年の大会では読み違いをして、準レギュラーじゃ力不足だったから不動峰戦で負けちゃった、って訳ね!」


納得したらしく明るく言葉尻を収めたに、仁王が肯定するように微笑む。



「・・・・・不動峰戦でしたか。よく覚えておいでですね、さん」


感心した風の柳生に、



「柳生先輩、覚えてなかったんですか?――――――珍しいですね。柳先輩程じゃないにしろ、いつも情報収集しているのに」


意外そうに言う。

そして、俺にチラリと目線を配り、



「・・・・・・・・・不動峰戦、柳先輩のおつかいでデータを取ってたんです。それで覚えてたんですよ」



とても良い試合だった、とはにこやかに言う。




「今年の不動峰の選手、とっても素敵なんだよ、精ちゃん!すごく仲良しみたいだし、私と同い年の選手が多くて親近感わいちゃった」



再びが精市の膝の上に上体を寄りかからせる。

その様子に目を向けていると、視界の端に病室の扉の曇りガラスに揺れる桃色の影を捕らえた。







「すまん、少し通してくれ」

「あ、悪ィ」


桑原に断りを入れ、桑原と丸井の後をすり抜けるように通り、扉に近付く。

ガラリと横開きの扉を開けると、外に居た看護士の女性が驚いたように少し後退した。

やはりいつもの看護士だな、と思いつつ、



「・・・・・驚かせてしまい、申し訳ありません。そろそろ幸村くんの診察時間でしょうか」


なるべく冷たくならないよう、言い方に注意しつつ述べると、看護士は安堵したような表情を浮かべる。



「・・・・・えぇ。でも、あと10分位余裕があるから」

「いつもすみません」

「いいえ、こちらこそ。楽しそうだから、水を差すようで気が引けるのだけれど・・・・・・」



苦笑しつつ、言葉を濁す。



彼女はいつも、俺たちが見舞いに来ていると、遠慮して診察時間キッカリになるまで病室には入ってこない。

早目に着いても、病室の前の廊下で待っているのだ。





「おや、タイムリミットのようですね」



いつものように、俺の様子を気にかけていたらしい柳生が淡々と言う。



「そうじゃのぅ。・・・・・・・・ほれお姫さん、診察の時間じゃけぇ、邪魔しちゃいけん」

「きゃ、まーちゃんの馬鹿ッ!引っ張らないでよぅ」


精市からを引き剥がす仁王に、


「そんなことしなくてもちゃんと離れるし帰るよ!」


が抗議する。




「近いうちにまた来るからな。・・・・・・・頑張ろうぜ、お互い」


桑原の言葉に、「そうだぜぃ」と丸井が精市の肩を叩く。




「真田副部長にはよろしく伝えとくんで!」


赤也が飄々と言う。






「あぁ。・・・・・・・・皆、今日はありがとう。楽しかったよ」



綺麗に微笑む精市と申し訳なさそうな表情の看護士に見送られ、病室を後にする。





「精ちゃん、またね」


閉じた扉に向かってポツリと呟くの横顔は、いつ見ても美しい。

いつまでも幼いようでいて、彼女も確実に「女」になっていっている。


その変化を観察――――と言うと聞こえは悪いが―――――することが密かな楽しみだ。






凛としているようで、寂しそうな幼顔。

俺はおそらく好きなのだろう――――――――――・・・真田が。



それも、LIKEではなくLOVEの意味で。

我がことながら他人事のように思う自分を、俺らしいと思う。






「柳先輩?どうしたんですか、人の顔ジーッと見ちゃって」


怪訝そうに、減るから止めて下さい、などと言うに軽く微笑む。




「否、は本当に精市が好きなのだなぁと考えていただけだ」

「・・・・・・・・・何ですか、ソレ。皆好きですよ?精ちゃんも弦一郎お兄ちゃんも、赤也くんもまーちゃんも柳生先輩もジャッカル先輩もブン太先輩も」


指を折りながら言う。




――――――――――もちろん柳先輩も、ね」


小首を傾げ、悪戯そうな黒い瞳を嬉しそうに細めて言う。




「・・・・・・・・・そうか」


フ、と吐息を吐くように笑う。













「柳先輩に!何やってるんスか―――――――――――!?」




早くしないと置いて行っちまいますよ、と叫ぶ赤也の声に、



「今行く――――――――――――!!」


が返す。

いつの間にか、廊下の直線状の、100mほど先にあるエレベーターの前に、俺と以外の全員がいた。

ボタンが光っている所を見るに、おそらく下るエレベーターを既に呼んであるのだろう。




「柳先輩、急がないと!」

―――――――そうだな」


俺を見上げるの肩に手をかけ、押し出すように力を加える。






華奢な肩に、力加減を間違えたら折れそうだと、しょうもない考えが脳裏を過ぎった。
























He realizes his emotion. closed.
お父さんな柳シリーズ(笑)にしたいのですが、どうでしょうか?





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