上手くいかないものだ。











部活開始時刻はとうに過ぎたというのにちっとも顔を見せないサエくんを探しに彼の教室まで行くと、案の定というか何と言うか、プレゼントの山を前に考え込んでいるサエくんがいた。





「ハイ、サエくん」


何の前触れもなくドアの開いていた教室に入室しつつ、サエくんに声をかける。

似通った造りだというのに、どうして他のクラスの教室というのはこうもよそよそしく感じるのだろうか。

居心地の悪さに内心溜め息を吐きつつ、持参した大手百貨店の紙袋を3枚重ねて差し出す。



「あぁ、ちゃん」


爽やかなハイ・バリトンが心地よく響く。

この声を延々聴いていたいと思うのは私だけではないだろう。相変わらずいい声だ。


サエくんは紙袋に視線を向けながら、


「さっすがちゃん。用意周到だな」

「去年も一昨年も同じ目に会いながら学習しないサエくんの方が可笑しいの!」

「目に会う、って・・・・・・。別に嫌なことじゃないんだから、そんな言い方しないでよ」


微かに眉を顰めながら言う。

確かに「――――な目に会う」という表現は多くの場合、好ましくないことに遭遇した場合に用いられる。





「・・・・・・・ごめん、失言だった」

「素直だね、ちゃんは」

「違うよサエくん。素直っていうのは葵くんみたいな人のことを言うんだよ」

「確かに、剣太郎は馬鹿が付くほど素直だ」


素直って言うよりも純粋って言った方が適切かな、と呟きつつ、ようやく私の差し出していた紙袋を受け取る。

良かった。そろそろ腕が限界近くでプルプルし出していたのだ。



「何でココの紙袋?」


サエくんは大手百貨店の名前を口にしつつ、ロゴの入った紙袋に丁寧にプレゼントを詰める。





「丈夫だからね、ココの紙袋」

「ナルホド」

「それにしたってサエくんは、どうして紙袋をもっと持って来ないの?」

「ん?」

「―――――――――毎年、年を重ねる毎にもらう量が増えてるの、気付いてるでしょう?」




言うと、サエくんは困ったような、「しまった」というような顔をした。

それに気付きはしたものの、あえて流して続ける。


「毎年2袋しか紙袋を持って来ないのは、どう考えても足りないと思うけど?」




言葉の節々に棘があることを自分で自覚しつつ、それでも止められない。止まらないのだ。

さっきの失言にしたってそうだ。






サエくんは優しい。誰にでも。

例えば私がここで「お誕生日おめでとう」とプレゼントを差し出せば、サエくんは「ありがとう」と微笑んで受け取ってくれるだろう。

でも、私はそれじゃ満足できない。

私とサエくんの付き合いは小学校からで、樹っちゃんの幼馴染みである私と樹っちゃんと仲が良いサエくんは自然と一緒にいることが多かった。

長い間、近くで仲良くしてもらってきたのだ。たとえ、それが樹っちゃんの幼馴染みだからだとしても、それでも。

プレゼントを受け取ってもらうだけでは私はきっと、満足できない。

そう確信しているからこそ、私は彼へのプレゼントをテニス部の皆と一緒に、お金を出し合って買うことにしている。





答えないサエくんを一瞥し、「答えを聞くのは諦めた」という意思表示をするかのように、話題を転じた。


「紙袋、3枚で足りそう?部室に行けば、予備が5枚くらいあるよ」

「うん、大丈夫そうだよ。これで間に合う」

「そっか。・・・・・・・・・今年も23日に分けて持って帰るの?バネさんが手伝ってやろうかなとか言ってたけど」

「いや、それはバネさんに申し訳ないし。俺がもらったものだから、俺自身で持って帰るよ」

「・・・・・・・・優しいね、サエくんは」


嫉妬心で心が一杯で、何とか喉から捻り出すようにして、それだけ言う。

すると、サエくんは驚いたように私を見詰め、それから緩く頭を横に振った。



「―――――――――・・・・優しくないよ、俺は」











優しくない男がどうして(言い方が悪いが)見ず知らずの後輩の女の子などのプレゼントを受け取ってやるというのだろうか。



「何言ってるの。優しいじゃ・・・・・・」

「本当に優しい人は、こんな風にホイホイ、プレゼントを受け取らないよ」


端正な顔に自虐的な笑みを浮かべる。

そんなサエくんが、痛々しいのにとても綺麗で背筋がゾクリとした。




「気持ちに答えられない癖して、さ」

「・・・・・・・・・・・・サエくんとバネさんは違うよ」





サエくんよりも、2日だけ早いバネさんの誕生日。

その中でいくつか混じっていた、告白付きのプレゼント。

手紙での告白だろうと直接だろうと、バネさんは全て断った。

自分には好きな女の子がいるから気持ちには答えられない、と。





サエくんが紙袋に詰めているプレゼントの中にも確実にあるだろう、そういう部類のものは。


そう考えると、折角収まりかけていた嫉妬心がぶり返してきそうだったので、慌てて他のことに思考回路を繋げようと試みる。



「そういえば、バネさんの好きな人って誰なんだろうね」


瞬間、弾かれたようにサエくんの顔が上がった。

この反応は・・・・・・・・・・・・・もしや。








「―――――――サエくん、知ってるんだ?」

「え、否・・・・・・・・・・」

「あーあ、どうせ私だけでしょ?知らないの。仕方ないけどヤだな、寂しいもん」


私の拗ねた口調を宥めるように、サエくんが苦笑する。


「直接バネに訊いた訳じゃないから」

「・・・・・・・・・そうなの?」

「うん。だから確証はないけど、バネ、解り易いから」

「ほほーぅ。つまり、バネさんを注意深く観察していれば解るかも知れない、ってことね!?」


厭らしい、知りたがりの小母さんのようにニタニタしながら言うと、サエくんの応対はドライだった。



「・・・・・・・・多分、ちゃんには無理だと思うけど」

「失敬な。私、そんな鈍くないよ?」

「・・・・・・・そういう意味じゃないよ。人間、自分のことには気付かないものだろ」

「は?・・・・・・サエくん、意味解んないんだけど」

「俺が紙袋を多く持って来ないのと同じ理由だと思うよ」

「・・・・・・ますます意味解んない!」

「いいよ、解らなくて。・・・・・・・・ハイ、入れ終わった。部活行こうか?」




言いながら、容量一杯の大き目の紙袋5袋を持ち上げ、出口へと歩き出す。

その後を、金魚の糞よろしく追いかける。




「少し持とうか?」

「大丈夫」














サエくんのクラスを後にし、部室へ向かって廊下を歩く。

プレゼントを運んでいるが為に自然とゆっくりしているサエくんの歩調の後ろを、さらに遅い歩調でくっついて。














「バネさんは駄目だったみたいだけど」



出来るだけ明るい調子でそう前置きして、





「・・・・・・・・・サエくんは、好きな子からもらえた?プレゼント」

「・・・・・・・・・・さぁ、どうだろうね」

「教えてくれないの?」

「ご想像にお任せするよ」

「ちぇ―――――――――・・・・・」






「・・・・・・・・くれるには、くれたけどね」

「・・・・・・・・・・もらえたんだ?」



あ、泣きそう。自分で話題ふっといて。




「良かったね」



精一杯の強がり。あぁ、鼻の奥がツーンとする。


「否、皆でお金を出し合って・・・・・・っていう、大勢でひとつのプレゼントをくれた中の一人だから」

「あぁ、私たちテニス部みたいに?」

「そうそう。だから、俺のこと嫌いじゃないだろうけど、特別好きでもないんだろうなーって・・・・・・」

「・・・・・・・・上手くいかないね」


まぁ、私には好都合だけど。





「上手くいかないな。・・・・・・・・・これだけ言っても気付かないんだから」

「あっ!サエくん、お誕生日おめでとう!!」

「ありがとう、ちゃん。・・・・・・でも何で急に?」

「皆と一緒には言ったけど、一対一ではちゃんと言ってなかったかなぁ、って思って」

「はは・・・・・・・・」























未だ今は、友達ポジションに固執することにしよう。

臆病で結構!負け試合はしたくないからね。







・・・・・・・・・・・・・相当、しんどいかもしれないど。




















You chicken!!closed.
佐伯くんは部活に遅れたりはしなさそうですが(苦笑)
両想いなのに気付いていなくて友達に甘んじている、そんな関係。
佐伯くん、お誕生日おめでとう!








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