それは反則












さん。――――――好きです、付き合って下さい」



真剣な表情で言われたそれは、失礼ながら私にとっては、酷く現実味を伴っていなかった。



「・・・・・・・・・・・・えぇ、と」



語尾に疑問符が付きそうな調子で紡がれた言葉は、返事でもなく、相槌ですらない。

混乱する頭を何とか働かせようと必死なのだけれども、上手くいかず、我がことながらどうしようもなくて。





・・・・・・・・・・この場から逃げ去りたい。



そんな思いが頭をグルグリと回りながら、支配し始めていた。




いたたまれなくて、目線を下に向ける。

しかし、視界に彼の足が入り、それだけでも十二分に落ち着かない。




「どうして、・・・・・・・・・私と?」






ようやく動き出した頭をフル稼働させる。



そう、どうして私なのだ。

同じクラスとはいえ、話したことなど皆無に近い。

それも当然のことで、私は彼―――――――切原赤也を避けていたのだ。































忘れもしない、あれは一年の春だ。

「柳生先輩の応援に行きたい」という友人の頼みで付き合った男子テニス部の部内練習試合。


大した興味もなく、ただ付き合いで観ていたはずのそれは、私に強烈な印象を与えた。






切原くんは有名だった。

それはもう、色んな意味で。

しかし残念なことに、私が「切原赤也はテニスが強い」ということを知ったのは、随分経ってからのことだ。

新入生の癖に態度が悪いと因縁をつけられて、三年生の先輩相手に喧嘩で勝ったとか、キレると手が付けられないらしいとか、そんな穏やかでない噂の方が早く耳に入っていて。

「切原赤也には近寄らないようにしよう」

平和を愛する私や、その他大勢の生徒がそう思うのも当然のことだった訳だ。





しかし、私が切原くんを避ける原因で決定的だったのは、噂ではない。

友人に付き合って柳生先輩の試合を見学していた時のことだ。

隣のコートがやけに騒がしかったので、友人に断り、観に行った。

そして、見てしまったのだ。切原くんの目が、まるで充血したかのように赤く――――――――・・・。







思い出すだけで、体温がスッと下がる気がする。

私にとって、あの情景の記憶は恐怖でしかない。

だから、同じクラスだといえども、知人ですらなく、他人同然で過ごしてきた。
















「・・・・・・・・・どうしてって」



黙り込んでいた切原くんが唐突に話し出し、ビクリと体が震えた。







「そんなこと言われても・・・・・・・・。好きだから、としか言えねぇんだけど」


困ったような、呆れたようなニュアンスを含んだ物言いが、何となく腹立たしい。

絶対に、困っているのは私の方だ。





「・・・・・・・でも、ほとんど話したこともないじゃない、私たち」

「・・・・・そう、だな。今日が一番喋ってんじゃねぇか?」


二年もクラスメイトやってんのにな、と苦笑気味に言う切原くんに、俯いたままそうだね、と返す。

そう、クラス替えでクラスが離れなかった時は酷く落胆したものだ。

また怖い思いをしなければならない、と思うと、新学期早々憂鬱な気分になったし。








「・・・・・・・・・なのに、何で私?」


溜め息を吐き出すように口にした言葉は、再び切原くんを黙らせてしまった。



ぼんやりしていればまた唐突に会話を再開させるのだろうと思っていたが、今度はそう簡単には行かなかった。

季節は冬真っ只中、ジッとしているのも結構しんどい。




大体なんでこの時期に外に呼び出すんだろうか。

どんどん冷える手足が痛みを伴いだし、歯がカチカチ音を発てた。

鞄を持っている左手は、感覚が麻痺してきているにも関わらず、痛みが一番強い。









古風にも呼び出しは、手紙――――とは言い難い、ルーズリーフを四つ折りにしたメモだった。

無造作に下駄箱に突っ込まれていたそれは、帰りがけに見付けた時、悪戯かと思ったくらいで。

一応開いてみて、「来るまで待ってる」という一文で終わるメッセージの後に切原くんの署名を確認した時、悪戯だという思いはますます強まった。







万が一、本当ということがあった場合。

寒空の下で待ちぼうけさせてしまうのは申し訳ない―――――――・・・・・というのは勿論建前で、単純に切原くんが怖くて、私はここに来たのだ。


指定場所の、校舎裏に。




・・・・・・・・・校舎裏。

とんでもない事実に気付き、死ぬほど驚く。





「校舎裏の大きな木の下で告白すると、上手くいくらしい」。

たしかそんな、他愛もない噂があったはずだ。


否、でも、まさか切原くんがそんな乙女な――――――――・・・。













「・・・・・・っつーか、寒くね?」


切原くんはようやく話し出したものの、話し始めるタイミングは最悪だった。



切原くんが乙女、という奇妙な思いつきを必死で掻き消しながら、


「そうだね、冬だから外は寒いよね」


言葉の底に非難を込めつつ、当たり障りのない返事を返す。

寒いんだったら室内を呼び出し場所にすればよかったじゃないか、という非難を、バレない程度に。








「・・・・・・・だったら、さ。さっさとカタ、つけちまわねぇ?」

「・・・・・・・・・・え?」


意味が解らず顔を上げると、思いっ切り切原くんと目があった。




直ぐに反らそうとした。――――――――けれど、できなかった。

切原くんが、あまりにも切なそうな顔をしていたから。


だから、反らせなかった。








「俺と付き合ってくれるか、くれないか。――――――――どっちか決めちまってくれ、


見詰め合ったままで、切原くんの言葉を聞く。




何で切原くんは、こんなにも哀しそうな顔をしているんだろう。

哀しい、というより、切なくて仕方がないような表情に、胸がキュウと締め付けられる。












――――――――
早く、断ってしまえばいい。


そう思うのに、言葉が出てこない。



どうして、どうして、どうして?

さっきから頭の中はそればっかりだ。


どうして、なんて私が知りたい。


どうして切原くんは私が好きなのか。

どうして切原くんはこの冬空の下、私を校舎裏に呼び出したのか。

どうして私は切原くんの告白をさっさと断らないのか。








「・・・・・・・・・・そ、そんなこと急に言われても」



ようやく口をついたのは、随分と間抜けなセリフだった。

切原くんは、切なそうで、それでいて少し困ったような感じのする笑顔を見せる。




・・・・・・・・・・・・・何でそんな風に笑うの?








「・・・・・・・・わ、私、切原くんのこと全然知らないし」

「・・・・・・・・・・・・・」

「そ、それに私、正直言うと、切原くんのことちょっと怖いって思ってるし」

「・・・・・・・・・・・・・」




本当は「ちょっと」どころでなくて、「すっごく」怖い。

けれど、目の前の切原くんは、何故かちっとも怖くなくて。

それどころか、まるで捨て猫のような寂しそうな感じがする位だ。






本当に、どうしてだろう?

解らないことだらけだ。

どうして、どうして、どうして?






どうして切原くんは私が好きなのか。

どうして切原くんはこの冬空の下、私を校舎裏に呼び出したのか。

どうして――――――――私は切原くんの告白を、断る気になれないのか。






「だ、だから・・・・・・・」


口ごもって、俯く。

あぁ、やっと目を反らせた、と安堵する自分がいて驚く。




「だから――――――――何?



重々しく私の言葉を復唱する切原くんに、焦らされる。






どうして切原くんは私が好きなのか。

どうして切原くんはこの冬空の下、私を校舎裏に呼び出したのか。

どうして私は切原くんの告白を、断る気になれないのか。

どうして私は、切原くんにこんな提案をしようとしているのか。




ちっとも解らない。





――――――――お友達から、っていうのはどうですか?」




解らないけど、言ってしまった以上、責任は取らなければならないだろう。



――――――マジで?」



素っ頓狂な切原くんの声に、俯いたままでマジです、と答える。




「本ッ当に本当だな!?後で嘘だって言ったって、知らねぇかんな!」




ガシッと両肩を掴まれ、前後に揺すられる。

鞄を落とさないよう、左手に力を込めた。





・・・・・・・あぁ、やっぱり早まったかも。

後悔し始めた折、揺すられた反動で顔が上向き、再び目がしっかりと合った。






「よっしゃあ――――――――――ッ!」



嬉しくて仕方がないと言わんばかりの、満面の笑み。







――――――――――ッ」




まだ、告白をOKした訳じゃない。

「友達から」って言っただけ――――――――なのに。




なんで、そんな笑顔。

心臓がドクドクと早く脈打っているのが自分でも解る。

嫌だ、私、すごくドキドキしてる。

顔、赤いかもしれない。







「じゃあさ、携帯!アドレス教えてくんねぇ?」



素早く携帯を取り出した切原くんが、パカリと二つ折りのそれを開く。



「あぁ、うん・・・・・・」


応じて、ノロノロと携帯を鞄から取り出す。




思い返せば、呼び出しが手紙・・・・のようなものだったのも当然で、私は彼のメールアドレスも電話番号も知らないし、それは彼にしても同じだったのだと気付く。

それにしたって、ルーズリーフじゃなくてもよさそうなものだけれど。一応、悪戯じゃなくて告白の呼び出しだった訳だし。






アドレス・データを交換し合い、ノロノロと鞄に仕舞う。



「おっし。――――――――じゃあ、帰るか」



あまりにもナチュラルに言われたものだから、うん、と何気なく返事を返してしまう。







――――――――って・・・・・・・え!?帰る、って・・・・・。私と切原くんが!?」


三秒後。

素っ頓狂な声で言う私に、切原くんはキョトンとして、



「他に誰がいんだよ。・・・・・・あ、何だ?もしかして未だ何か用事あんのか?」

「いや、ないけど・・・・・・・・」

「だったらいーじゃん。「お友達」だもんな?俺たち」

「・・・・・・・・・・・」


やけに「お友達」を強調して言う切原くんに、悪意を感じる。




「・・・・・・・・・・・・・・やっぱり早まったかも」



小さな声で呟いたというのに、切原くんは耳ざとく、とでも言うのだろうか。とにかくしっかり聞こえていたようで、



「残念でした。後で嘘っつったって遅ぇって言っただろ」

「・・・・・・・・・・・そうだったね」




何だか悔しくて、大袈裟な溜め息を吐いてやる。

そんな私の態度にも彼はめげず、



――――――――じゃあ、帰っか!」


言うなり、おもむろに私の右手を取って歩き出す。



「ちょっと切原く・・・・・!手、手!!」





引っぱるような形で先を行く切原くんに引きずられる。



「切原くんってば!」



彼の名を大声で呼ぶと、切原くんは振り返って







――――――――だから、いいじゃん。「お友達」なんだからさ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」



切原くんが、ケラケラと笑う。

してやったり、という表情にカァ、と体が熱くなった。








――――――――――――――そ、それは反則だよッ!」

























Let’s get started.closed.
立海オンリー夢企画「きみのとなり」提出作品。
お題「それは反則」に拠ります。
お題と内容との間に齟齬が生まれておりますが、ご勘弁を(苦笑)
とても楽しく執筆させていただきました。






お題提供:恋したくなるお題



back