どうぞ、お手柔らかに
いつだって、ファッション・ビルは季節を先取りするものだ。
駅近くのデパートの入り口にそびえ立つ巨大なモミの木に、は足を止めた。
まだ十一月に入ったばかりだというのに。
気が早いったらない。
思えば、先週まではハロウィンでオレンジ一色だった。
めまぐるしいな、と感心するやら呆れるやら。
撤去するのも用意するのも骨が折れるだろうにと、は溜め息を吐いた。
そして、まじまじと人工のモミの木を見上げる。
隣を歩いていた忍足はそれに気付かず、暫くスタスタと歩き続けていたが、
「どないしてん、。急に立ち止まりおって」
10m程進んでからようやくの不在に気付き、小走りで彼女の横に戻った。
そんな忍足に、は眉を顰めると、うんざりだ、という調子で言った。
「名前で呼ばないでって言ってるでしょ」
「えぇやん、俺等仲良しさんやし。っつーか話掛ける時は人の顔見て話さなアカンとちゃいますかー、お嬢さん」
忍足ではなく、ツリーを見詰めながら話すに唇を尖らす。
何をそんなに見ているのだ、との視線を追い、忍足は「あぁ」と納得して頷いた。
「ツリー観とったんやな。いやぁ、もうそんな時期やねんなぁ。先輩等も引退する訳や」
全国大会の後、「夏の間はしごいてやる」と言っていた先輩達も、10月末には姿を見せなくなっていた。
引導はしっかりと、全て二年生に引き渡されている。
自分たちが部を統率して行かねばならないのだと、実感がないものの、改めて思う。
「・・・・東京にいた頃、何かで聞いたか読んだかしたんだけどさぁ」
唐突に話し出したに驚いたが、直ぐに「ふんふん」と相槌を打つ。
から忍足に話掛けることは珍しい。
故に、その貴重な話題は大切にキャッチボールしていきたいのである。
自分の相槌のタイミングの悪さでに話を切り上げられたら、正直ヘコむ。
だから、忍足は慌てて直ぐに相槌を打ったのだ。
どうやらボールは上手く投げ返せたらしく、は続けて口を開いた。
「ツリーの飾り、あるじゃない」
「あぁ、オーナメントな」
何気なく口にした相槌に、はキョトンとした。
そういう名前なのか、と感心したように忍足を見上げる彼女の表情に、忍足は密かにガッツポーズをした。
大抵冷めた、「馬鹿じゃないの」と言わんばかりの目で忍足を見るが、自分に感心している。
それだけで嬉しくなる自分は結構可愛い奴かもしれないと、忍足は少しだけ笑った。
「・・・・・何ニヤついてんの」
いつの間にか、がいつもの冷めた目で忍足を見ていることに気付き、慌ててエヘンと咳をして誤魔化す。
「ニヤついてなんかあらへんて。そんで?オーナメントがどないしてん」
両手を広げて言う忍足をしばらく訝しげに見ていたものの、は話を再開させた。
「PARCOのツリーの丸い飾りを持って告白すると、上手く行くって噂が流れて。そのお陰で、飾りの盗難が相次いだんだって」
「はぁーん・・・・・PARCOにしてみちゃ迷惑な話やな」
「本当にね。それでさ、思った訳よ」
何を、と忍足が問い返す前に、は言葉を重ねた。
「忍足がさ、女の子に告白されたとするじゃない?」
「・・・・・何や唐突に」
「いいから、いいから。人の話は最後まで聞きなさいよ。・・・・・告白してきたのは、普通に可愛い女の子だとする。どうよ?」
「どうよ、て・・・・・」
「嬉しくない?」
「可愛い子がしてくれるんやったら、そら嬉しいやろ」
忍足がそう答えると、は満足したように頷いた。
そんな彼女の様子を眺めつつ、忍足は首を傾げる。
何が狙いなんだ、この女は。
「告白してくれた女の子は、ポケットに手を突っ込んでいます」
「・・・・・何言うてんねん、自分」
「だから、人の話は最後まで聞くもんだって言ってるでしょ」
「はいはい。・・・・で?ポッケに手を突っ込んだ女の子が何やねん」
「その女の子のポケットには、PARCOのツリーの飾りが入っていて、彼女はそれを握っていた・・・・・としたら、どう?」
恐る恐る、という調子で忍足を見上げるに、「意味解らん」と告げる。
何が言いたいのかサッパリだ。
「要するに、女の子はおまじないでオーナメント隠し持ってたっちゅーことやろ。それがどないしてん」
「・・・・・怖くない?」
「あ?」
「盗んでまでそのジンクスに縋る女の執念。怖くない?」
「可愛い乙女心やないか」
忍足がキョトンとした顔で言うと、は痰を吐くようにカーッと喚いた。
女の子らしくないソレに、忍足は眉を顰める。
「お前な、カーって何やカーって。オッサンやん」
「オッサンのようにもなるわよ、そんなこと言われたら。何これ、男女の認識の違いなの?」
納得いかない、とキリキリするに、忍足はポケッとするしかない。
何か怒っているらしいが、何に怒っているのかサッパリ解らない。
「何怒ってんねん、」
「怒ってないって。認識の違いに戸惑ってるだけ・・・・・・っつーか名前で呼ばないでっつってるでしょ」
しつこいなぁ、何回言えば解るのよ、とジロリと睨む。
「別にえぇやん。俺のことかて名前で呼んでえぇよっちゅーてるやろ」
「別に呼ぶ必要もないし、忍足のこと名前で呼びたくないし、頼んでないし?」
「そんな三段構えで照れんでもえぇて、俺とお前の仲やないか」
両手を広げて見せる忍足を冷ややかな目で見詰め、
「照れてないし、アンタと私はただのクラスメイトでしょーが」
刺々しい、早口の口調で言うに、「つれへんなぁ」と忍足は肩を竦めた。
「つれなくて結構。大体アンタ、なんで私についてくるのよ」
転校初日から、何故か忍足はにまとわりついている。
約束などしていないにもかかわらず、忍足の部活のない日は一緒に帰る羽目に陥っているくらいだ。
同じクラスの白石が、そんな忍足を笑いながら、にこう言った。
「謙也、無邪気な子がタイプやとか言うとったのになぁ」
恋は実際してみんと解らへんなぁ、と微笑まれたが、は笑えなかった。
「忍足の好みなんて知らないってば。・・・・・第一白石。アンタ遠回しに私を無邪気じゃないって言ってるでしょ」
「んー?せやったらは、自分が無邪気やと思うん?」
「・・・・・・・」
ニコニコと微笑む白石の切り返しに、は絶句する他なかった。
自分が無邪気だとは到底思えない為、白旗を揚げるしかない状況。嫌な男だ。
恐ろしく整った顔立ちの白石の笑顔が、邪悪に思えて仕方なかった。
―――――そうだ、そういえば。
は思う。
白石は、忍足がに恋している、と言った。
もで、自分がどうやら忍足に好かれているらしいというのは解る。
忍足は、が邪険にあしらっても、「ほな、一緒に帰るか」と言うのを止めようとはしない。
すなわちそれは、忍足がのことが好き――――ということではないか?
そこまで考えて、はかぶりを振った。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。本当のところは、忍足しか知り得ないのだ。
―――――勘違い女にはなりたくない。
「なー、」
「何よ」
「おっ!」
素っ気ない返事を返したというのに、忍足は嬉しそうな声を上げた。
それを訝み忍足を見ると、デレッとしただらしのない笑みを浮かべている。
「・・・・・何ニヤニヤしてんの」
「いやぁ、だって「名前で呼ぶな」言わんでちゃんと返事してくれたやん?嬉しゅうて嬉しゅうて」
「面倒臭かっただけ。悪いけど他意はないし、出来れば呼ばないでくれない?」
本当にしつこいよね、アンタ。
根負けしそうな自分に落ち込みつつ、は呟く。
何の気なしにふと忍足に目をやると、ニヤニヤ笑いはどこへやら、に負けず落ち込んでいる様子だった。
――――――何だ、この変わり様は。
さっきとは別の意味で気持ち悪い。
「・・・・・・・何落ち込んでんのさ」
落ち込んでるのはこっちの方だっつーの、と眉を顰めるを、忍足が見やる。
その瞳はどこか傷付いたようで、に罪悪感を負わせた。
お陰で酷く落ち着かず、不快だ。
二人の間に気不味い空気が流れる。
それに耐えかね、どうやって逃げ出してやろうかあれこれ画策していたに、忍足が一方的にキャッチボールを始めた。
会話のキャッチボールは、上手く行くかはお互い次第である。
「俺、浪速のスピードスター言われてるやん?」
「・・・・・そうなの?」
疑問系に疑問系で返したを呆れたように見詰めながら、「そうなの」と呟く。
そんな忍足が盛大に溜め息を吐く。幸せが逃げていきそうだ。
が彼の異名を知らなかったことがショックだったらしい。
罪悪感の枷が増えるような気がして、は柄にもなくフォローに努めた。
「NOスピードNOライフが信条なのは知ってるけど」
しつこいくらいに言ってたから・・・と喉まで出かかった余計な一言を慌てて飲み込む。
の言葉に、忍足は「せや」と小さく頷き、
「テニスでも何でもそうなんやけどな、俺速攻型やねん」
「あぁ・・・・・。マグロかヒラメかで言ったらヒラメってことね」
の相槌に、忍足が首を捻る。
・・・・・・マグロ?ヒラメ?
「何でそこで魚が出てくんねん!」
「何で、って・・・・・。何、もしかしてアンタ知らないの?」
「何がや!」
「マグロは寝ているときまでずっと泳ぎ続けてるけど、ヒラメは海底でジッと泥に紛れて潜んで、獲物を仕留める時とかだけ俊敏に動く訳。解る?」
「・・・・・・・あー、言いたいことは解るわ。陸上で言うと、長距離がマグロで短距離がヒラメっちゅーこっちゃろ」
忍足の喩えを頷いて肯定する。
そんなを見詰めながら、忍足はポツリと言った。
「ナルホドな、俺はヒラメや」
長距離より短距離の方が好きやねんもん、と続ける。
そしてしばらくウンウンと得心したように何度も頷いた後、
「―――――って、話がズレとるわ!」
ウガァ、と奇声をあげた忍足に、は顔を顰めた。
「ちょっと、ここ公道だって。急に大声出さないでよ」
非常識め、と冷ややかに、白い目で見詰める。
「ハッ、金太郎に比べれば俺の大声なんて可愛いもんや」
「誰よ金太郎って」
「聞いて驚け、来年のウチのスーパールーキーや!」
「・・・・・・・つまり、来年のテニス部のスポーツ推薦で入学してくる後輩が金太郎くんとやらな訳ね」
「せや。まだスカウト中らしいから、多分の段階なんやけど。いやぁ、それにしてもホンマは察しがえぇな・・・・・ってまーた話ズレとるやんけ!」
カーッ、と喚き、髪の毛をガシガシとかき回す。
「・・・・・・何よ、アンタもカーってやってんじゃん」
人のことオッサン呼ばわりしといて、との瞳の温度が下がる。
「じゃかぁしい、オッサンのよーにもなるわ。それに俺は男やけど、お前は女やろ。女の子がオッサン臭かったらアカンて」
「あっそ。・・・・・・別にどうでもいいけどさ、話の軌道修正、しなくていい訳?」
「そや、肝心の話しとらんがな。・・・・まったく、妙なとこに話が反れてまうからやってられへんわ・・・・」
ブツブツ言う忍足が少々不愉快だったので、は視線をツリーへと移した。
ファッションビルの入り口の左右に置かれた巨大ツリー。
向かって左側がスタンダードな緑色で、右側が赤いモミの木だ。どうやらクリスマスカラーを意識しているらしい。
プラスチック製なのか樹脂製なのか、見ただけでは解らないが、見ただけで人工物だと解るツリー。
オーナメントがセンス良く飾り付けられたツリーはファッションビルによく似合っており、綺麗だった。
「あんな、」
自分を見ていないにもかかわらず、忍足はに向けて話を続ける。
「さっきも言うたけど、俺速攻型やねん」
――――――うん、聞いた。
そう相槌を打つ間もなく、忍足は言葉を続ける。
「テニスもペン回しも恋も、スピード勝負やと思とってん」
目を細めてよくよく見てみると、ファッションビルのツリーのオーナメントにも円形のものがあるようだった。
綺麗な銀色の球体が、いくつかツリーにぶら下がっている。
―――――おまじないに使われた、PARCOの丸いオーナメントは何色だったのだろう?
「せやけど、お前相手じゃ上手くいかんくてアカンわ」
ゆっくりと、忍足の方へ顔を向ける。
困ったような顔をした忍足と、目が合った。
―――――どうやら自分は勘違い女にならずに済んだらしい。
ぼんやりとそう思いながら、は言葉を紡ぐ。
「それってさぁ・・・・・・告白?」
のとぼけた切り返しに、忍足は肩を落とした。
「のことやからそんな反応やろーと思っとったけど、実際言われるとキツイわ」
「ハッキリ言ってくれないと解らないって。・・・・・それとも何?諦める?」
「望みはあるかもしれないのに?」と、ニヤッと笑って言ってやると、忍足が顔を跳ね上がらせた。
「今のホンマか!?」
「さぁねぇ・・・・・?」
ニヤニヤ笑うに、「お前なぁ・・・・」と忍足が詰め寄る。
それをスルリとかわし、ファッションビルから遠ざかるように歩き出す。
「何や、逃げるんか!」
憤ったように怒鳴りながらも、忍足も後に続いた。
クリスマスに色付きつつある街を、スタスタと歩く。
隣に忍足が追い付いた頃、は口を開いた。
「忍足。たまには長期戦も楽しいもんよ?」
いたずらっぽい口調で言われた言葉に、忍足が目を丸くする。
キョトンとした顔の忍足に対し、はたたみかけるように言葉を次ぐ。
「それとも、逃げる?」
「・・・・・・あ、アホ!逃げへんわ!」
受けてたったるっちゅーねん!と叫ぶ忍足に、はケラケラと声を発てて笑った。
「・・・・・・まぁ、ひとつお手柔らかに頼みますよ。じゃないと、直ぐ陥落しちゃうかもしれないからさ」
クールに、顔色一つ変えずに言ったの言葉に、忍足の方が陥落した。
顔を真っ赤にした忍足は、「反則や」と呻きながら、何とか応答してみせる。
「俺、めっちゃのこと好きやねん」
少年よ、大丈夫だ。
―――――クリスマスまで、まだまだ時間に余裕はある。
さて、お手並み拝見と参りますか。
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