善処します











同じクラスになったことはないし、まして隣り合ったクラスでもないから体育も合同じゃない。

彼との共通項なんか、まったくなかった。そう、これからも出来るはずなんてなかった。


・・・・・・・・・・はず、なんだけど。




「おい

「なんでしょう・・・・・」

「脅えてんじゃねぇよ。とって喰うわけでもねぇんだからよ」

「すみません・・・・・・」


謝りながらも、だったらもう少しフレンドリーな空気を作れないものかと思う。



「・・・・・・・・・・・・・・」



思ってから、その考えを打ち消す。この人は、フレンドリーな空気を造り出すなんて不可能な人だった。





「だから脅えんなっつってんだろが。肉食獣と獲物かよ、俺らは」


低い声で呟くその人の名前は、跡部景吾という。

栗色の髪に、蒼眼。そのどちらもが天然の物だというから驚きだ。

アジアと西洋の血が巧い具合に合わさった、少し日本人離れした容姿はその辺の芸能人よりよっぽど整っている。

顔が良くて文武両道、なんて男の子はどの学年にも一人はいるだろうけど、この跡部くんに関してはプラス跡部財閥の御曹司、という付加価値まで付いてくる。

これでモテない方がおかしいのは自明の理。もちろん、彼はとてもモテる。でも、同時に嫌遠もされている。何故か。



「チャキチャキ動けよ、終わんねぇだろ」

「すみません・・・・・・」

「お前、さっきからすみませんしか言ってねぇな」


(他に何と言えと!?)




答えは簡単、性格があまりよろしくないのだ。跡部くんを嫌遠する人の多くは彼をこう称する。曰く、



傲岸不遜。

天上天下唯我独尊。

自己中心的。

自信過剰。

エトセトラ、エトセトラ・・・・・・。



これ以上続けると、跡部くんの悪口大会になってしまうので割愛しよう。


彼を妬んで言っているんじゃ、と思うかもしれない。

ところがどっこい、これらはすべてその通り、と頷くしかない程、如実に跡部くんを表している。

もっとも、自信過剰については、跡部くんが頭から爪先まで自信に満ち溢れているのは努力に所以する所が多いらしいから、ヒガミと言えなくもないかもしれないけど。







パチン、とホチキスの音が教室内に響く。

場所は生徒会室、時刻は夕方。


トントン、パチン。

5枚の紙を揃えて左上でホチキス留めする、という単純作業。

辛い作業には思われないそれでも、全校生徒全員分をやるとなれば、さすがに気が遠くなる。

それも、跡部くんと二人っきりで、だ。









「・・・・・・・ったく。本当にツイてねぇぜ、アイツが使えなくなるとはな」


跡部くんが一人ごちた。

アイツ、とは来年度生徒会副会長に立候補した男の子のことだ。

ちなみに、跡部くんは来年度生徒会会長に立候補している。




「飛び箱で骨折したんだっけ・・・・・。大丈夫かな?」

「骨折っつってもヒビだから大丈夫だろ。大体、調子に乗って無駄に捻ったアクロバットなんかしたのが悪ィんだから、自業自得だ」

「はは・・・・・・」


そのお陰で私はとばっちりを食いましたけどね、とはさすがに言えない。

それにしたって、天文学的にどのくらいの数値が出る偶然なんだろう?

担任がたまたま生徒会運営に関わっていて、なおかつ私がたまたま日直で、その上相方の男子が怪我をして病院送りになるわ(しかも彼は来年度生徒会副会長立候補者だった)、新しい席替えのためのクジを作らなきゃならないわでたまたま普段の日直より帰るのが遅かった、なんて。




あぁややこしい!

重なりすぎた偶然は運命だ、なんていうけど、正直こんな運命はごめんだ。






『おぅ、。まーだ残ってたのか』

『はい。でももう帰ります』

『あー、待て待て。悪ィんだが、次期生徒会副会長の代わりに資料作りしてくんねぇか?あいつ、複雑骨折だったらしくて安静にしてなきゃなんねぇんらしいんだよ』

『え・・・・・』

『女の子に遅い時間まで残れ、っつーのは教師としても男としても気が咎めるんだけどよぉ、確かお前、家近所だろ?』

『まぁ、そうですが・・・・・』

『本当に悪ィんだけど、引き受けてくんねぇかな?プリントをホッチキスで留めりゃいいだけだからさ』

『はぁ・・・・・』

『決まりな。サンキュー、今度プリン奢ってやるよ』

『いえ、お気遣いなく・・・・』





先生め。何が、プリントをホッチキスで留めりゃいいだけ、だ。こんなに量があるなんて聞いてない。

初めて、気さくで明るい担任教師を嫌いだと思った。










「おい、

「なんでしょう・・・・・」

「先帰っていいぞ」

「へ・・・・」


機械的に動かしていた手がピタリと止まる。



「なに呆けた顔してんだよ」

「だ、だって・・・・・」


まだ、半分も終わってないのに。


目線で私の思考が解ったらしい。跡部くんは続けてこう言った。



「女生徒を遅くまで残す訳にはいかねぇだろ」


仮にも時期生徒会会長に立候補した奴が、と。

作業の手を休めずに言う。



トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。

きっかり、三拍子のリズミカルな音。

視線のやり場に困ってうつむくと、プリントが目に入った。

一枚目には、表紙の文字が躍っている。生徒会役員選挙演説。



選挙なんて言っても名ばかりで、既に当選したようなものだ。

この選挙演説で生徒に与えられた権利は、「支持するか否かの意思表明」のみであり、それは何の力も持たない。

極端な話、たとえ支持率ゼロだろうが立候補者たちは生徒会役員となる。

そもそも立候補と言ったって、事実上、昨年度委員による推薦のようなもの。

何故なら、委員の推薦状がなければ立候補できないからだ。

まったくもってこの選挙に何の意味があるのかサッパリ解らないが、学校行事というものは得てしてそういう物なのだろう、きっと。






「どうした。帰らねぇのか?」


送らせるか、と問いかける跡部くんに、首を捻る。


「送らせる・・・・・・・?」


意味が解らず復唱すると、跡部くんは軽く頷いて携帯を取り出した。



「待ってろ。今車を呼ぶ」

「は・・・・・」


やっと理解できた彼の言葉の意味に飛び上がる。どうやら彼は、自家用車に私を送らせようとしているらしい。



「ちょ、待っ!」


慌てて彼が耳にあてている携帯をひったくって電源ボタンを押す。

画面に「通話0510円」という表示が出て、遅かったか、と舌打ちする。電源ボタンを押したのは、相手が出てしまった後だったらしい。





「何だよ」

「何だはそっちです!」

「あぁん?」


理解不能だと言いたげに眉根を寄せる跡部くんに、ため息を吐く。


「家の前に高級車なんか停まったら、大騒ぎになります」


金持ち学校に通っているとはいえ、私は庶民だ。

この学校に入学したのは授業料が何とか払えそうだったのと家が近く、奨学金制度もしっかりしているからという至って普通の理由だ。

まぁ、「エリート二世と仲良くなれるかも」という打算も多少はあったが、実際は「エリート二世に失礼のないように」気を付けなければならない場合の方が多かったりする。





「何だそりゃ」


怪訝そうに、私の顔をマジマジと見詰める。

面倒臭いなぁ、と思いつつ、仕方がないので説明をする為に口を開く。




「私の家は、一般的な地代の普通の住宅街にあります。そして、そういう所には一定量の噂好きの人間が存在するんですよ」


ますます怪訝な顔になる跡部くんをチラ、と見やり、



「そういう噂好きの人間が、私の近所には多いんですよ。しかもしつこいタイプのが」


近所の噂好きのおばちゃんたちの顔が頭をかすめ、うんざりする。

悪気がないのは知っているが、それ故に始末に悪いのも事実だ。



「その噂好きの人たちは、私が氷帝に通っていることを知っています。その私の家の前に、高級車が止まれば、とんでもない噂が流れるのは言わずもがな、です」



慎ましく、穏やかに生きていたい私たち家族にとって、これは由々しき問題なのですよ、ご理解いただけましたか?

そう文末を締め括ると、呆気に取られていた跡部くんがハッとしたように私を見詰めた。

私の話は、彼にとってなかなか衝撃を与え得るものだったらしい。



「・・・・・面倒臭ぇな」


主語が抜けていたが、おそらく「庶民も庶民で面倒臭い」とでも言いたいのだろう。



「そうですよ。人が生きていく場所にはルールが必要なものです。だから、いつの間にか世間体とかいうものに変化してしまったルールでも、守らねばならないんですよ」



パシ、とプリントの山を叩く。



「社交界には社交界の、庶民には庶民の、そして学校には学校のルールがあります。ですから、私はこの仕事が終わるまで帰れません」



言い終わると同時に、5枚の紙を揃えて左上でホチキス留めする。


トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。




「・・・・・・・・フン」


我ながら、滅茶苦茶な論理だと思ったけれど、跡部くんは鼻を鳴らしただけで、特に何も言わなかった。


やがて、私の出すトントン、パチンという音に少しズレて、跡部くんの出すトントン、パチンという音が響きだした。



トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。

トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。


トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。

トントン、パチン。トントン、パチン。トントン、パチン。






奇妙な旋律。

まるで重唱のようだ、とぼんやり思った。
























作業が終わった頃には、案の定とっぷりと日が暮れていた。



「お疲れ様でした」

「あぁ」


そんな短い挨拶を交わして、生徒会室を後にする。





跡部くんが目の前からいなくなるやいなや、ドッと疲れが体を襲った。

思いの外緊張していたようで苦笑が漏れた。



(まぁ、相手は王様。仕方ないよね)







ずっと座っていた為に痛む腰を叩きながら下駄箱を開け、上靴を仕舞ってローファーを取り出す。






「あたたたた・・・・・・」



叩いても痛みが和らがない腰に辟易しつつ校門に向かうと、校門に居た人影がゆらりと動いた。









―――――跡部、くん」



どうして、と言う声が掠れた。






「どうして?私の方が、早く生徒会室を出たはずなのに・・・・・・」

「女は用意が遅ぇからな」


フン、と鼻を鳴らす。

そう言えば、さっきも鳴らしていた。癖なのだろうか?






「オイ、早くしろ。帰るぞ」

――――――――え」


身構えるように一歩下がった私を軽く睨む。

――――――――
そんな目で見られても。それより、面倒臭いのを我慢してまで言った私のさっきの説明は一体?


そんな私の心を読んだように、跡部くんはぶっきらぼうに口を開いた。



「車じゃなけりゃ、構わねぇんだろ」

――――――――は・・・?」

「つまるとこ、歩きならいいんだろが。なら黙って送らせろ」


どこだ、お前の家。

校門を出ながらそう言う跡部くんを、慌てて追いかける。




「だ、大丈夫ですから!私の家、歩いて15分の隣町ですし」


丁重に辞退を申し出る私をジッと見詰める。

跡部くんに見詰められると緊張するので止めて欲しいのだが、そんなことを言える空気じゃないので我慢するしかない。



「お前の近所の世間体より、俺のプライドの方が俺には大事なんだよ。いいから黙って送られろ」


で、家の方向はどっちだ?


真顔でそう言い放つ王様が可笑しくて、黙って送られることにした。






送る道すがら、跡部くんはこんなことを言った。


「それと。お前、敬語やめろ。同い年に敬語使われんの、慣れてるけどあんま好きじゃねぇんだよ」

「・・・・・・それはそれは」



――――――――
善処、します。




















“I’ll deal with this matter right and properly.” closed.
出来るかどうかは解らないけど、とりあえず。



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